「新たなパラドックス」を克服する経営指針~「付加価値創出を意識した経営(社会的総付加価値額経営)」という選択肢~

更新日:1 日前

本稿に関連して、発展的なご意見やご示唆を頂戴できる機会がございましたらありがたく存じます。また、企業経営者・ガバナンス実務者の方などを広く含んで、ご関心をお持ちの方は、公式サイトのフォーム(お問い合わせ | Toshihiko Fukuta 公式サイト)よりお知らせください。
論考概要
経済産業省が示す「コーポレート・ガバナンス改革の進展が、成長投資や持続的賃上げに結びついていない」との『新たなパラドックス』の状態は、総需要不足の経済環境の下で企業行動の総和が合成の誤謬(コストカットのスパイラル)を生む構造に起因しています。本来は、財政・金融政策によって経済環境を変えるべき課題ですが、本論考ではその議論を封印し、企業が採用しうる現実的な“代替策”としての経営指針を提示します。ステークホルダーとして「経済成長(社会)」を再定義し、GDPに直結する付加価値額を重視し、企業活動の価値(KPI)を「利益」だけでなく「支出」に置き、社会全体の付加価値額への貢献を経営視野に組み込む、付加価値創出を意識した『社会的総付加価値額経営』を提唱します。
目次
第1部 問題提起
第2部 構造分析(経済環境以外の原因・理由)
第3部 提案
第1部 問題提起
Ⅰ CGコード改訂で「新たなパラドックス」を解消できるか
責任ある積極財政を掲げ、官民連携投資を柱に据える高市早苗首相は、令和8年7月27日の衆議院予算委員会において、中道階猛議員から「上場企業の株価は上昇しているが、労働分配率が下がり続けている」ことへの認識を問われ、「株価の上昇、株主還元も増加したが、成長投資が欧米企業に比較して低い水準にある」との認識を述べた上で、その未来への投資不足を断ち切る方策を次のように答えています。「政府として、7月21日にコーポレートガバナンス・コードを改訂し、それとともに『成長投資ガイダンス』を公表しました。こうした内容を普及することによって、企業の長期的な成長に資する人的投資・設備投資・研究開発投資といった成長投資がより積極的に行われるように、資源配分戦略を成長思考型に変容させて参ります。」と答弁したのでした。
経済産業省が7月21日に公表した『成長投資ガイダンス』は、同日公表のCGコード改訂を踏まえて、成長投資の観点から具体化・実装へつなげる目的で整理したものとされています。注目したいのは、この『成長投資ガイダンス』の冒頭の問題意識において、「コーポレート・ガバナンス改革の進展は、業績・株価の改善や株主還元の拡大につながったが、成長投資の拡大や持続的な賃金上昇に必ずしも結びついていないとの『新たなパラドックス』に直面しているとの認識を示したことです。これらは高市総理の答弁にも表れている共通認識であり、日本社会が真摯に向き合うべき現状認識であると考えますが、今回の「CGコード改訂」や「成長投資ガイダンス」などは、その不都合なパラドックス解消に有効打となるでしょうか。本稿はその観点から、各種現状分析による評価と、それを踏まえた解決法としての独自経営指針の提案までを試みるものです。
Ⅱ コストカット型経済(=合成の誤謬)が起きる状況認識
1 『コストカット型経済』
岸田文雄首相は、2023年10月23日の所信表明演説において、我が国の「失われた30年」について、日本社会で何が起きてきたかの認識を示します。『コストカット型経済』がそれです。「この三十年間、日本経済はコストカット最優先の対応を続けてきました。人への投資や賃金、さらには未来への設備投資・研究開発投資までもが、コストカットの対象とされ、この結果、消費と投資が停滞し、更なる悪循環を招く。低物価・低賃金・低成長に象徴される『コストカット型経済』とも呼び得る状況でした。」とされたのです。
これは、首相による画期的な発言であったと思います。『コストカット型経済』の認識が示しているのは、『合成の誤謬』の現実です。『合成の誤謬』とは、1人ひとり(個別会社)にとっては「良い」とされる行動であっても、全員が同じ行動を実行したことで、想定とは逆の「悪い」全体結果(経済社会全体)を招いてしまうことを指します。岸田首相が示したのは個別企業にとっては合理的なコストカット経営が、経済社会全体の不都合な低物価・低賃金・低成長をもたらしたとの評価を明らかにしたのです。
この『コストカット型経済』に関連して、当時れいわ新選組の山本太郎議員が、11月28日の参議院予算員会における質問で、法人企業統計調査(資本金10億円以上の企業)を元に財務省の官僚に回答させた内容は、まさに『コストカット型経済』の不都合な実態を示すものでした。1997年を100として25年後に当たる2022年を示すと、売上は横這いであるにも関わらず、経常利益は4倍、配当は8倍となります。つまり、コストカットで給与を伸ばせず、設備投資を大きく削り、経済成長を阻害したものの、利益・配当を伸ばす株主還元は進展した現実が示されていました。
2 石破政権と高市政権の違い
日本成長戦略会議の有識者構成員であり、高市政権の経済ブレーンであるクレディ・アグリコル証券チーフエコノミストである会田卓司氏は、石破政権と高市政権のスタンスの違いを次のように説明しています。石破政権は、人口動態の悪化、少子高齢化・人口減少もあり、経済停滞から脱するのは難しいとの立場から、今後懸念される大災害や有事のためにも、出来るだけ「今」節約をして財政余力を確保して、財政を持続可能なものにする『節約による財政の持続可能性』を達成するとの考え方であったとされています。一方、高市政権は、日本経済の停滞の原因は人口動態の悪化ではなく、国内投資の不足という意思の問題との立場から、官民連携で投資を拡大し供給能力を強化して、経済規模拡大・税収基盤強化につなげ、強い経済と財政の持続可能性を一体的に実現する『投資による財政の持続可能性』を達成するとの考え方であると強調されています。
ここで認識すべきは、同じ『財政の持続可能性』にも関わらず、方法論が真逆である「節約」と「投資」である点と高市政権についての実績はこれからである点です。もし高市政権による「投資」が不発だったとしたら、再びコストカット型経営、経済になってしまう可能性があるということです。
ちなみに私は、先進国の中で唯一成長しなかった国家の不都合な経済状態が、個別企業の努力不足だけであるはずがないとの立場です。財政政策や金融政策、さらには外交政策のようなマクロ政策なども加味した、部分最適ではない全体最適での評価・議論が必要だと考えています。低迷した日本経済を成長軌道に回復させるためには、政府支出を今年より来年、来年より再来年と増加させる必要があると考えていますが、その議論はここでは封印して、政府投資に関わらず、個別企業として取り組める経営方針は何かとの議論に特化してこの論考を進めたいと考えます。
第2部 構造分析(経済環境以外の原因・理由)
Ⅲ 株主構成の変化とCGコード
1 近現代に起きた株主構成の変化
『失われた30年』と呼応するかのように、日本の企業統治には革命的な変化が起きました。あらためて確認が重要であると考え、私の解釈を交えて振り返っておきます。東証が公表する株式分布状況調査を見ると、銀行・生損保等は1995年を過ぎたあたりから急落していることが確認できます。そして、入れ替わるように真逆の動きでほぼ一直線に上昇していく「外国法人等」と、同じく2000年前半までは外国法人と同様の動きであった「信託銀行(機関投資家=他人資産を受託運用する機関)」が資本の所有者として入れ替わっていきました。「金融自由化」による自己資本比率規制(BIS規制)や時価会計などの国際会計基準導入という「グローバル・スタンダード」によって、銀行はボラティリティ(時価変動性)の高い株式保有に限界が生じ手放さざるを得なくなり、それと入れ替わるように、外国人株主が株式取得を拡大して企業統治者が入れ替わりました。もちろん、複合的背景として1980年代半ばからのアメリカからの構造改革要請(規制改革要望書へ)や、日本企業の海外進出(国内空洞化)などがあったことも重要です。
やがて「外国法人等」が約30%水準となる2015年に、わが国ではCGコードが導入されます。その後、2019年には株主第一主義から脱却するとのステークホルダー資本主義が、世界経済フォーラム(ダボス会議)や米国ラウンドテーブル(米主要企業の財界ロビー団体)によって提唱されるようになり、2022年には東証の市場区分見直し、2023年の岸田政権による資産運用立国宣言、「資本コストや株価を意識した経営へ」の取組み要請へと段階的に進められてきました。
2 CGコードの1丁目1番地
東証の定義(FAQ管理番号8560)によれば「支配株主」とは親会社や過半数議決権者(オーナー経営者等)を指し、「少数株主」はその支配株主(およびその近親者・関係者)以外の株主(ガイドブック:管理番号7790)とされています。
「少数株主」に関する原則は、コーポレートガバナンス・コードの1丁目1番地である基本原則1に「外国人株主」とともに登場します。「少数株主や外国人株主については、株主の権利の実質的な確保、権利行使に係る環境や実質的な平等性の確保に課題や懸念が生じやすい面があることから、十分に配慮を行うべきである。」がそれです。
ここで、前項の株主構成の構造変化を踏まえると、今日の「少数株主」の実質的マジョリティは、 ①外国法人等 ②スチュワードシップ・コードに基づき外国法人等と近似した価値観で企業経営に関与する機関投資家(信託銀行) である「外国人株主等」との理解も可能です。その事実認識から、基本原則1の「少数株主や外国人株主への十分な配慮」の意味を考えると、会社法109条1項の「株主平等の原則」(=株式数に応じた平等)を超えて、「外国人株主等」(外国法人等・機関投資家)の意見の反映に対する配慮が意図せず求められている構造になっていると指摘できるのではないでしょうか。
資本コストや株価を意識した経営が一層求められる状況の下で、外国法人等の株式保有比率は2025年度公表ベースでは34.7%に達しており、株式週間売買状況においては海外投資家の売買比率が常態として70%強の水準にあります。これらの事実は、日本株の価格形成に対する海外投資家の影響力が極めて大きいことを物語っています。日本企業は、経営判断や資本政策においても投資収益率や資本効率を重視するグローバル投資家の期待を反映しやすい環境になっていると言えそうです。
Ⅳ 株式市場の実体(思い込みの修正)
1 資金調達or所有権移転の市場
株式が企業の資金調達手段であることは間違いありませんが、手段であることと、実際にそうなっているかは別物です。
2023年1月23日の岸田首相の施政方針演説の投資と改革に関して語られた「長年の懸案である『貯蓄から投資へ』の流れを実現できれば、家計の金融資産所得の拡大と、成長資金の供給拡大により、成長と資産所得の好循環を実現できる。」における「成長資金の供給拡大」や、初代伊藤レポートにおける「貯蓄による金融資産等のストックが急速に減少する事態に向かいつつある中、限りある資源や資本を浪費する余裕はないのである。」における「急速に減少する」は正しかったのでしょうか。
日銀資金循環統計によると、レポートが発表された直前2014年6月の家計の金融資産(うち現預金)は、1,706兆円(約895兆円)で、2026年6月のそれは2,519兆円(1,132兆円)となり、この間一度も減少などしていません。当時著名な経済学者などによる、高齢者の預金取り崩しにより預金そのものが減少していくとの主張がありましたが、明らかに誤りであったことがわかります。そもそも、高齢者が預金を使っても、誰か別の法人、個人の預金に移るだけの話です。従って、伊藤レポートの「急速に減少する」は間違っていたと言えるでしょう。
では、岸田総理の発言の方はどうでしょうか。東証が公開している統計データで2024年までの7年間を確認してみます。2024年末現在の上場会社数は約4,000社で、合計5,000億株が発行されています。2017年末の3,450億株が7年間で1,550億株ほど増えましたが、そのほとんどは株式分割であり、資金調達のための新規発行株数は、毎年平均で30億程度に止まり、発行済み株数の1%にも達していません。つまり、株式市場では既発行株式の売買がほとんどであり、発行会社の資金調達手段とはなっていないという現実です。岸田総理の言う「成長資金の供給拡大」は実現されていないということです。
2 「思い込み」による投資の意味
後の項目でご紹介するDS経営を提唱されている早稲田大学教授のスズキトモ氏が、商事法務№2426への寄稿で興味深いことを記されていました。「Ⅳ利益最大化の真相構造」において、監督官庁幹部のみならず、一般市民や政治家やメディア、さらには官僚や研究者や企業経営者にも浸潤している「誤解」あるいは「思い込み」を指摘されているのです。一つ目は、「投資の意味」に関する「誤解」です。海外投資家からの株式投資について、ある官僚幹部があたかも企業の事業資金として活用される資金投入であるかのような文脈で語っているとの指摘です(スズキトモ 2026:p14)。もちろん既発行株式への投資とは株式の所有権移転であり、発行事業会社の資金には何も関係がありません。そして二つ目が、「利益」と「付加価値」についての「誤解」です。GDPは「利益合計」ではなく「付加価値合計」ですが、あたかも「利益」が「付加価値」であるとの妄信があるとの指摘です(スズキトモ 2026:p14)。この指摘は、本稿「Ⅱ-1コストカット型経済」で指摘した「合成の誤謬」、つまりΣ個別企業の企業価値向上が経済成長に繋がっていない大きな原因にもなっていると考えます。
ここまでの事実認識を繋ぐとどうなるでしょうか。少なくとも、これまでの失われた30年のように経済成長が乏しい経営環境において、外国人株主等が所有のおカネ(既発行株式売買)で株式市場での影響力を強めていく中、さらに利益の最大化や資本効率経営がCG改革においても強く求められた結果、「合成の誤謬」による経済成長の阻害が起きる悪循環があったと言えないでしょうか。

私は、拙著『ニッポン、今こそ思い込みを捨てる時』(日本橋出版)において、RMT(法令遵守の貨幣理論:Regal compliance Monetary Theory)との視座を示しております。貨幣理論と表現しているものは、貨幣における二つの重要な観察事実を意味しており、一つが「信用貨幣論(おカネは負債として作れる)」であり、もう一つが「二つあるおカネの使い道」のことになります。後者は、おカネの使い道は二種類のみ、世の中の誰かの所得(付加価値)になるものと、当事者間の所有権移転であるものがあり、株式投資や土地などの資本財に使われるおカネの効果は付加価値創造ではなく所有権移転のみであるとの整理を示しています。
Ⅴ 株主資本統治と銀行統治の違い
コーポレート・ガバナンスとは、文字通り「企業統治」のことですが、一般的には、間接金融と言われる銀行統治と、直接金融の株主資本統治の二つに大別されています。日本において、失われた30年に呼応するように、銀行統治が衰退して株主資本統治に変化していく機序・理由について、社会一般では、間接金融から直接金融への変化が進歩的で必然的なものであるかのように言われることがありますが、私の考えは少し異なります。その一端は、「Ⅲ-1近現代に起きた株主構成の変化」で簡潔に示しました。しかしここでは、別の視点として、各統治形態と経済成長との関係について独自整理を試みます。

銀行は、自らの収益を極大化したいため、貸出を増やすことを志向します。企業が借入するのは、投資か消費に関わらず、誰かに支払うための原資調達です。誰かがおカネを使うから誰かの所得が生まれ、経済成長が生まれます。つまり、銀行統治による企業社会では、借りておカネを使う経済成長にプラスのインセンティブが働いていると言えます。
しかし、銀行は果てしなく貸出を増大できるわけではありません。貸出先企業の返済能力、安全性の制約があるからです。視覚的にも捉えやすい代表的な目安に負債比率(株主資本に対する負債の割合)がありますが、企業社会全体の株主資本が伸びず、むしろ縮むようなことがあるとすれば、銀行は安全性の制約から貸出を伸ばすことができません。
さて、ここで株主資本による統治を考えます。現在の日本企業の動きを見てもわかるように、株主は、自分の取り分が少なくなることを避け、新たな株主が増えることを良しとせずその逆を望みます。企業が自己株式を取得したり、分割(例えば1株が2、3株となるように)することを望むのです。自己株式の取得では、株主資本が縮み、負債比率が上昇する結果が生まれます。企業が新規株式発行しない現状では、時価総額も買収防衛的な意味に限定されかねません。結局、先の議論のとおり、その状況で銀行は貸出を伸ばしにくくなります。つまり、株主資本統治においては、経済成長にマイナスのインセンティブが働く可能性を否定できません。
残念なことに現在の「ニッポン」は、この基本的構造のリスクが広く認識されないまま、多くの企業が株主還元を企業価値向上と称して、配当を引き上げ、自己株式を取得し、株式分割することに注力し、本来の事業投資が疎かになり現預金をため込んでいる状況にあります。この危機的な状態においては、企業統治構造に関わらず、個社においても「経済成長に資する」経営指針が真に必要となっていると私は考えます。
第3部 提案
Ⅵ 経済成長に必要な要素~付加価値経営の萌芽~
1 GDPとの整合性
経済成長とはGDP(付加価値合計)が増加することです。では、わが社はいくらGDPを産み出しているのかを答えられるでしょうか。結論から言えば、わが社の「人件費+利益」が付加価値であり、この国内総合計がGDPとなっています。
コーポレートガバナンス・コードの冒頭には、四角く囲まれた「コーポレートガバナンス・コードについて」という説明書きがあります。この最後の部分「それぞれの上場会社において持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のための自律的な対応が図られることを通じて、上場会社、投資家、ひいては経済全体の発展にも寄与することとなるものと考えられる。」が、コードの性格を示しているように思えます。
つまり、個別企業の企業価値の結果としての合計が経済全体の発展に寄与する、「Σ(個別企業の価値向上)≒経済全体の発展」との考え方があると推定されます。私はここに大きな落とし穴があると考えます。その「個別企業の価値向上」が、誰もが「利益」ベースであった場合、これまでの論考で確認したように、デフレ経済の経営環境においては、「合成の誤謬」が起きて経営環境をさらに悪化させてしまう可能性が高いからです。
2 DS経営の提唱
「付加価値とは企業が一年間に実現した価値(=収益)から、仕入などの外部生産価値を差し引いて計算される内部生産価値である。その全国の合計がGDPであり、『国民経済の健全な発展』の基礎を構成する」との正しい認識に基づき、DS経営(付加価値分配計算書による適正配分・投資経営)を提唱されているズズキトモ早稲田大学教授は、高市政権の下、「国民経済の健全な発展」との政策目標と、行政府や東証の政策手段(CGコード改訂、成長投資ガイダンス)は、従来通りの「利益」やその「率」の改善を掲げており、効率性の罠への省察が不十分と指摘されています。具体的には、EP(価値創造)は「額」だが、ROICスプレッドという「率」が用いられており「効率性の罠」は免れないことや、EP(価値創造)は「利益」概念であり「付加価値額」でなく、ROE経営同様に人件費や研究開発費が抑制される可能性が高い点を指摘されており(スズキトモ 2026:P12,
13,16)、私も大いに賛同するところとなっています。
3 「人件費+利益」を定款に謳う企業登場!
2026年8月、構造計画研究所の定款変更のお知らせに私は驚きました。ついに、定款(企業理念条項新設)で「付加価値額=人件費+利益」を約束する企業が登場したのです。東証スタンダード市場に上場する『構造計画研究所ホールディングス』です。
(経営理念の3) 当会社の経営指標は、営業利益に人件費とフリンジベネフィットを加えた「総付加価値」とする。
ステークホルダー資本主義が、2019年頃から米国ラウンドテーブルやダボス会議で提唱され、「顧客、従業員、仕入先、地域社会、株主」への経営の配慮が叫ばれるようになりましたが、私は企業が対象を曖昧にしたまま具体的に定義もしないことを問題だと考えてきました。これに対して同社は、(経営理念の1)では様々なステークホルダーとし、(経営理念の2)では『人才』をオリジナルで定義するとともに、上記の(経営理念の3)において決定的に具体的な定義を示しています。
しかも「総付加価値」=「営業利益+人件費+フリンジベネフィット」と定量的に定義されています。曖昧なままの「ステークホルダー」や「人」で止めず、語句はなくとも「従業員」だとはっきり理解できる基準で示したのです。営業利益は人件費を差し引いた数字ですから、それに人件費を戻し込み、さらにフリンジベネフィットを加えています。これだけで、『株主』と『従業員』に“ 量的に”配慮する企業だとはっきり理念を示したことになります。素晴らしいことだと思います。
Ⅶ 『付加価値創出を意識した経営』のススメ
1 成長投資ガイダンスを超えて
今回のCGコード改訂とともに経産省が打ち出した『成長投資ガイダンス』では、CG改革が成長投資の拡大に結び付いていないことを示す「新たなパラドックス」の解決方法として、経済的付加価値の総量を拡大していくことが提唱されています。しかしながら、具体的に示された経済的付加価値指標である『価値創造(EP)』は、人件費や各種投資・支払いを差し引いた後の営業利益ベースの指標に止まり、これまでの利益主義、資本効率経営を修正するものではありません。
私の主張は、経済成長のない失われた30年のデフレ経済のような社会全体の総需要が乏しい経済社会において、個社にこの利益主義、資本効率経営を強いると、激しいコストカット競争となり、新たな投資が生まれず、経済全体がデフレスパイラルに突入してしまう『合成の誤謬』に陥るとの問題提起です。
現在、ようやくGDPに直結する『付加価値額』を重視した経営理論や会社が登場していることを、Ⅵ章でご紹介しました。これらは画期的な変化であると捉えていますが、経済社会全体の成長を考える場合には、もう数段階の拡張が必要だと考えます。ここが、本論考の肝の部分となります。
2 「分配」から「貢献」へ、「売上・利益」から「支出」へ
「誰かがお金を使うから誰かの所得が生まれます。」従って、まず重要なことは、「分配」から一歩踏み出して「支出」として捉えることを提案します。「分配」は、稼いだ後の「配分」を指すため、「支出」の方が「稼ぐ」という能動的な企業行動により結び付くと考えます。世の中の付加価値合計=所得合計を直接増やすイメージでとらえるために、「分配」ではなく「支出」で捉えるべきとの主張です。

そして、さらに重要なのが、自社が生み出す人件費と利益である「内部生産価値」だけでなく、原価や設備(減価償却)・販管費として支出した他社の付加価値部分への支出=「他社への付加価値貢献」の拡大を意識した経営が重要であると強く主張します。これらを合わせて、自社および他社貢献をも意識した経営こそが、私の「経済成長」の視点からの、個別企業が採用し得る経営指針ではないかとの提案です。株主だけのための「資本コストや株価を意識した経営」だけでなく、経済成長への貢献である「付加価値創出を意識した経営」への拡張・大転換となります。
3 『社会的総付加価値額経営』
ステークホルダー資本主義が登場してから7年程度、未だ日本社会はこの意味や意義について咀嚼できていないと私は考えますが、このステークホルダーに対する考え方を再定義し、「付加価値創出を意識した経営」に統合させることで、当該概念に関する整理・定着の方向性をさらに強化して示したいと思います。具体的には、「株主」、「従業員」、「顧客」、「仕入先」に、「経済成長(社会)」を加えた経営指針としての『社会的総付加価値額経営』の提案です。

レベル1~5の5段階が示しているのは、どの経営指針が優れているかという意味ではありません。あくまでもどの範囲までのステークホルダーを意識した経営かを示しているだけです。レベル1の利益・ROE・ROIC・EPS・株主価値などに結びつくのは「株主」を意識した「利益最大化経営(利益を増やす)」です。レベル2の賃上げ・労働分配率、人的資本、キャピタルアロケーションなどに結びつくのは「株主」や「従業員」を意識した「分配再考型経営(分配を改善する)」と定義します。レベル3のイノベーション・商品開発・顧客価値、社会価値などに結びつくのは、「株主」や「顧客」を意識した「価値創造経営(価値を生み出す)」であると認識します。ここで留意したいのは、「株主」以外の「従業員」や「顧客」を意識するとは言っても、基本的には定性的な経営指針の場合であり、その意味においてレベル2やレベル3はレベル1の修正の範囲にあると捉えます。
これに対して、レベル4は、付加価値額(人件費+利益)にコミットする経営であり、定性的な曖昧さのない、「株主」や「従業員」を明示した「付加価値額経営(内部付加価値額を増やす)」です。さらに、これに分配における商品開発やサプライチェーン構築等に関する投資まで含めれば、「顧客」や「仕入先」を定量的に意識した経営にも位置付けられると考えます。スズキトモ教授が提唱されるDS経営はまさにこの位置づけにあるものと理解しています。
そして私が提唱したいのがレベル5とした『社会的総付加価値額経営(社会の付加価値額を増やす)』です。ステークホルダーの一般的認識である「コミュニティー・地域社会」を、具体的に「経済成長(社会)」と再定義して、前項でも述べた「支出」ベースで経営を捉えるというものです。原材料仕入れから、設備投資、販売管理関係の支出を含み、人件費+利益を「額」で具体的に捉えて、「株主」「従業員」「顧客」「仕入先」、そして「経済成長(社会)」への一気通貫の貢献を意識した経営です。
ここで、『社会的総付加価値額経営』はどのようにKPIを設定し、開示・訴求すればよいかについても、事例的に触れておこうと思います。基本的には「額」の増加率を示していくことが考えられます。その「額」はトータルだけでなく、ステークホルダー単位で説明することもできるはずです。その際、従来の一義的な価格主義ではなく独自の価値基準を示すことが重要です。仕入れ先であれば、技術に対する評価基準や大企業だけでなく中小企業に視点を置いた支出を訴求することにも意味があると思います。是非、企業としての考え方を整理して、企業行動に結びつけ、表現してもらいたいと思います。ただし、重要なことがあります。総合的には「額」に拘る説明力が必要になるということです。ここを外すと「定性的な言い訳」になりかねないからです。
今回のコーポレートガバナンス・コード改訂においては、冒頭の「本コードの目的」の1行目に、「上場会社は、株主から経営を付託された者としての責任(受託者責任)をはじめ、様々なステークホルダーに対する責務を負っていることを認識して運営されることが重要である。」が挿入されました。本件に関する提案者および関係者の意図や、社会の受け止め方は様々あろうかと推察しますが、私はまさに今回提案する『社会的総付加価値額経営(社会の付加価値額を増やす)』こそが、その精神を具現化した有力な経営指針となるのではないかと問題提起します。
最後に総括として強調しておきます。「経済成長(社会)」とは、自らの「経営環境」でもあるとの認識であり、公器としての企業の究極の経営理念・経営指針とも言えると考えます。「社会的総付加価値額経営」は、決して社会貢献活動のような狭小な視座から挑むものではありません。自社の将来の需要・人材・取引環境を維持拡大するための社会全体への能動的行動であり、企業のアイデンティティ・企業価値を超長期で広く社会に示すものです。
参考文献
1)階猛質問、高市早苗答弁「令和8年7月27日衆議院予算委員会」中道改革連合、20260727、https://www.youtube.com/watch?v=vre0_jBPW_0、 40:48~
2)金融庁 コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)
3)経済産業省「成長投資ガイダンス エグゼクティブサマリー」2026、P2
4)岸田文雄「第212回臨時国会における岸田内閣総理大臣所信表明演説」自民党、20261023
5)山本太郎「2023年11月28日参議院予算員会」山本太郎チャンネル、20231128
6)会田卓司「ベッセント財務長官『日本はリフレを止めるべき』発言の真相」ニュースの争点、20260907 https://www.youtube.com/watch?v=KAVcIbDTXHI&t=1172s
7)福田敏彦『ニッポン、今こそ思い込みを捨てる時』日本橋出版、2026
8)東京証券取引所「2025年度株式分布状況調査の調査結果について」20260702、P5
9)東京証券取引所の定義:支配株主(FAQ管理番号8560)【支配株主等に関する事項】「支配株主」の定義について教えてください。 - 上場会社向けナビゲーションシステム、少数株主(ガイドブック:管理番号7790)faq.jpx.co.jp/disclo/tse/web/knowledge7790.html
10)東京証券取引所「株式週刊売買状況」
11)岸田文雄「第211回国会における岸田内閣総理大臣施政方針演説」自民党、20230123
12)伊藤邦雄「『持続的成長への競争力とインセンティブ ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト(伊藤レポート)」経済産業省、2014、P4
13)「資金循環統計(速報)(2026年第2四半期)」日本銀行、20260917、参考図表:2026年第2四半期の資金循環(速報)、主要時系列統計データ表
14)日本取引所グループ 「統計月報」統計月報 | 統計情報(株式関連) | 日本取引所グループ
15)スズキトモ 「コーポレート・ガバナンス改革と成長投資促進策の再考」商事法務№2426、2026、P14
16)株式会社構造計画研究所ホールディングス「定款一部変更に関するお知らせ」20260810、
東証上場会社情報サービス140120260911534736.pdf
17)福田敏彦『ニッポン、今こそ思い込みを捨てる時』日本橋出版、2026、P264~266
《6-4-2》CGコードを1個に(「逆・合成の誤謬」大作戦)
~同調大国の弱みを強みに変え、付加価値支出の増加を競争させる~
18)福田敏彦「付加価値創出を意識した経営へ《№20》」福田敏彦公式HP、20260811
19)福田敏彦「ステークホルダー経営の再定義(提案)《№26》」福田敏彦公式HP、20260823



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