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『日本企業』とは?『国益』とは?《№38》

執筆者の写真: 福田 敏彦
福田 敏彦
9月10日
読了時間: 3分

更新日:9月17日



最近は、昔に比べて『国益』とい言葉を聞くことが多くなったと思います。これは、あくまで私の感覚ですが、自身の信託銀行員時代(10年以上前)のことを思い浮かべても、当時は『国益』という言葉を使った感覚がありません。「ナショナリズム」同様に、無意識の中で、「右翼」のような漠然としたレッテルがちらついて、自制が働いていたようにも思いますが、それ以上に正直に言うと「国家」を意識していなかったということでしょう。


それに比べて現在は、テレビなどメディアにおいても、例えば政治家などの発言として報道される場合など、以前のような抵抗感がなく使われているようです。誰かの研究によれば、冷戦崩壊後の90年代から使われはじめて、2000年以降はさらに多くなったとの話も聞いたことがあります。


ところで『国益』って何?

そんなの、日本の利益に決まってるじゃん‼と言われそうですが、ちょっと待って、少し丁寧に考えてほしいのです。そんな風に「日本」という国名に代表してもらっていいものでしょうか?


例えば、日本だけでなく世界で生産して、世界を相手に販売しているトヨタは「日本企業」ですか?少なくともトヨタにとって「国益」って「日本」だけではなさそうですよね。それに恐らく、「国益」に直接責任を持っているわけでもありませんので、「(企業の)利益」という言葉しか使っていないのではないでしょうか。


では、その『利益』の受益者は?

企業関係者(ステークホルダー)は『利益』を等しく受益するのでしょうか?そんなことはありませんよね。明らかに株主第一的であって、例えば賃上げを望む『従業員』と、賃金支払い後である「利益」の最大化を望む『株主』とは利益相反の関係にあることは自明です。だとすると、そもそも『国益』って誰の利益のこと?となりませんか。もちろん、私個人としては、『一般の日本国民』の利益だと言いたいのですが、厳密に定義されていませんので、単なる希望に過ぎません。『国益』は誰にとっても同じではなく、一致しないのです。そして、そんな風に非常に曖昧ですから、場合によって欺瞞的な使われ方も想像に難くないように思います。





今年も東部(東方)経済フォーラムが、9月の初めに開催されました。そのあるセッションでロシアザハロワ報道官が新植民地主義への批判として語った言葉が印象的でしたので、共有させてもらいます。


『国益』に結びついたレトリックを用いながら・・・

彼女は、「日本」のことを、少なくとも「西側諸国」を思い浮かべながら発言しているのだと私は思いました。そうしてみると、冷戦後、金融資本が主導した新自由主義がばく進する時代に、一般国民の貧困化が進むに連れて「国益」という言葉が自然と登場するとともに、その時代背景を逆手にとって利用する指導者、代理人たちが、『国益』という言葉を好んで使って国民を欺いてもきたのだと、妙に納得してしまいました。



本著《2-5-1》「国家vs国家」から「人民vs資本」の視点へ(一致しない国益)

 ~グローバル企業、株主、金融資本の利益は、国民の不利益~



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