ベッセントは許されるの!?(日銀の独立性の正体)《№34》

「円の大幅な過小評価に対処するため、日本が断固とした市場・金融政策上の措置を講じることを強く支持する」
日本経済新聞は、ベッセント米財務長官が植田日銀総裁と会談して、上記の内容を伝えたことを報道しています。あからさまな「金利引き上げ要請」です。
でも、この日本経済新聞の記事もそうですが、なぜそれに対して「日銀の独立性が~」と大騒ぎにならないのでしょうか。少し前に日本で起きていた高市政権に対する牽制である『骨太ショック』=日銀に介入するな~との整合性はあるのでしょうか?

日本銀行法を眺めてみましょう(👆イラスト)。3条と5条には、「自主性」が謳われています。これが『日銀の独立性』を示しています。一方、4条には、「政府と整合的」と『政府との協調性』が謳われています。
高市政権のブレーン日本成長戦略会議の会田卓司氏は、日銀との間でデュアルマンデート(物価と経済成長の2つ)の合意が出来ていると主張されています。そして、高市政権は、国内投資を喚起するために、金利緩和政策が望ましいと考えています。つまり、4条的な立場を日銀に期待していることになります。これに対して、野党やメディアなどが市場の反応も含めて「日銀の独立性が~」との批判を大合唱しました。3・5条的な立場です。それが『骨太ショック』です。
では、今回のベッセント長官は、明らかな「金利引き上げ要請」により「日銀の独立性」を侵しているにもかかわらず、大きな批判にさらされていません。
ここに現実の日本を支配する力関係が見えています。
つまり、政府に対して力を及ぼしたい勢力(国際金融資本の代理人としてのベッセント)にとって、政府政策が自身に好ましいときには、4条に従っている状態ですから口出しはしない。でも自身に好ましくないときには、日銀の自主性(3条・5条)を根拠に日銀をコントロールして政府を牽制する、政府とは異なる方向性へ導く、ベッセント長官は、日本政府、日本銀行法の上に位置している、観察から得られる現実ではないでしょうか。
「政府は金融政策の独立性、中央銀行の独立性を確保しなければならない」との価値観は、人々が条件反射的に金融資本に味方するように繰り返されてきた、歴史的なプロパガンダ、ナラティブだと言ってもいいでしょう。日本の金融システムは、国際金融資本の秩序で構築され、現在も運用されています。
本著【第2章第5節】金融資本(おカネ)の力~富の偏在・独占が世界を支配する~
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